第54回文藝賞を受賞した若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」。「文藝」2017年冬季号に掲載された本作は、選考委員に絶賛に推され、早くも11月17日より河出書房新社より単行本化が発売されました。
子どもも育て上げたし。亭主も見送ったし。もう桃子さんが世間から必要とされる役割はすべて終えた。
きれいさっぱり用済みの人間であるのだ。亭主の死と同時に桃子さんはこの世界とのかかわりも断たれた気がして、もう自分は何の生産性もない、いてもいなくてもいい存在、であるならこちらからだって生きる上での規範がすっぽ抜けたっていい、桃子さんの考える桃子さんのしきたりでいい。おらはおらに従う。(本文より)
専業主婦から小説家へ――63歳の新人が描いた、青春小説の対極、玄冬小説。
20代で田舎から上京し、結婚、出産、子育て、そして夫との死別を経て、現在ひとり暮らしをする74歳桃子さんを主人公に、63歳の「プレ婆さん」(と自らが呼称)の手による、これまでにはない「老い」を描いた感動のデビュー作です。
【あらすじ】
結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。身ひとつで上野駅に降り立ってから50年。
住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。
「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」
40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがる。
捨てた故郷、疎遠になった息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いた、圧倒的自由と賑やかな孤独とは。
【著者プロフィール】
1954年、岩手県遠野市生まれ。遠野で育ち、子どもの頃から小説家になりたいと思っていた。また、その頃父が広沢虎造の浪曲を好んで聴いていた。
岩手大学教育学部卒業後は、教員をめざして県内で臨時採用教員として働きながら教員採用試験を受け続けるが、毎年ことごとく失敗。目の前が真っ暗になるほど落ち込むなかで夫と出会い、結婚。30歳で上京し、息子と娘の二児に恵まれる。都心近郊の住宅地に住みながら子育てをする。この時は、妻として夫を支えることが人生の第一義だと考えていた。その傍ら深沢七郎、石牟礼道子、河合隼雄、上野千鶴子らの本が好きで読んでいた。
55歳の時、夫が脳梗塞で死去。あまりにも突然の死に悲しみに暮れ、自宅に籠る日々を送っていると、息子から「どこにいても寂しいんだから、外に出ろ」と小説講座を進められ、講座に通いはじめる。それまでも小説を書きたいと思っていたが書くべきことが見つからず、完成したことはなかった。8年の時を経て本作を執筆し、第54回文藝賞を受賞。
河出書房新社
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309026374/