認知症による「徘徊」は、ある日突然起きます。
家族が目を離したわずかなすきに、外へ出て行ってしまい、何時間も戻ってこない――そんな事態は、決して珍しいことではありません。
警察庁の統計によると、2018年には認知症による行方不明者が1万5,863人(男性8,851人、女性7,012人)にものぼり、2012年以降、5年連続で増加傾向にあります。
筆者も、徘徊中の高齢者を保護した経験が何度かあります。中には区をまたぎ、昼から夜まで何時間も歩き続けていた方も。
この記事では、警察の方から伺った情報や実体験をもとに、認知症の家族が徘徊してしまったときのリスクと背景をお伝えします。
1. 高齢者の徘徊はなぜ起こる?
徘徊は、認知症の症状のひとつとして多く見られる行動です。といっても、いきなりふらっと出ていってしまうわけではなく、そこには、本人なりの“理由”があります。
たとえば、昔の習慣が抜けず「会社に行かなきゃ」と思って家を出たり、家族を迎えに行こうとしたりすることもあります。あるいは、自宅にいても「ここは自分の家じゃない」と感じて、帰ろうとするケースも。
これらは記憶障害や、時間や場所の感覚がずれる「見当識障害」、または不安や焦りが原因となって引き起こされるものです。
実際に私の祖母も、75歳過ぎた頃から黙って外に出てしまうことが増えました。家族が必死に探し回っていると、1駅、2駅離れた交番から「おばあさんを保護してます」と連絡がくる。そんなことが一度や二度ではありませんでした。
当時は認知症という言葉も一般的ではなく、両親は「散歩好きにも程がある」と思っていたようですが、あれは立派な“徘徊”の始まりだったと思います。
祖母は昔話をしたり、会話の受け答えもしっかりできていました。ただ、「私、ご飯まだ食べてないよね?」「今何時?」と同じことを何度も尋ねることがあり、今思えば、これも認知症の初期症状だったのです。
話を徘徊に戻しますが、本人はどこかへ向かっているつもりでも、目的地にはたどり着けず、気づけば道に迷っている。しかし“迷っている”という自覚がなく、「どうして心配されるのか」が理解できない。このような徘徊は特別な話ではなく、私たちのすぐそばでも起きています。
実際に私が保護した高齢者の男性で、特に印象に残っている方の話をご紹介します。
2. 住宅街で座り込んでいた高齢男性を保護した一夜
2月の午後7時ごろ。仕事帰りに自宅近くの住宅街を歩いていると、道端にうずくまる男性がいました。「酔っ払いかな?」と思いつつも、時間帯や場所を考えると違和感があり、気になって近づくと、80歳半ばくらいの白髪の男性でした。
髪も身なりも整っており、清潔感のある方だったので、「大丈夫ですか?具合が悪いのですか?」と声をかけてみました。
私の顔を見上げて、「足が立たなくなっちゃって」と返答がありました。自力で何度も立ち上がろうとするも、うまくいかず。腕を支えると、よろよろと立ち上がって歩き出したのです。
そのまま腕を支えながら「おうちはどこですか?」「この辺に住んでるの?」と尋ねても、「すぐそこ、大丈夫」と繰り返すばかり。
どう見てもご近所の方ではなさそうだったので、警察へ110番通報しました。
POINT1:住宅街で様子がおかしい高齢者を見かけたら、すぐ交番や警察に連絡を
「おじいちゃん、そこは私の家だから、お迎えが来るまでちょっと休みましょう」と、すぐ先に見える我が家を指さし、警察が来るまで玄関先に座ってもらうことにしました。
体が震えていたので、家にいた家族に毛布と電気ストーブ、温かいお茶を持ってきてもらい、おじいさんの体を温めました。
POINT2:「大丈夫」と答えても、大丈夫ではないケースがほとんど
安心したのか少し元気になり、名前を尋ねると、大きな声でフルネームを教えてくれました。
30分ほどして到着した警察官によると、そのおじいさんは朝から家族が捜していた認知症の男性で、服装と名前から本人確認が取れました。
冬の寒い夜に、もしそのまま放置していたら、低体温症や転倒による怪我など、命に関わるリスクも考えられました。
POINT3:発見が遅れれば、命の危険もある
警察の方の話では、娘さんの車で朝9時に病院へ行き、診察後、娘さんが会計中に姿が見えなくなったとのこと。そこからなんと、5km以上離れた場所まで5時間ほど歩き続けていたのです。
「外出中に家族とはぐれて行方不明になる認知症の方が、実は多いんですよ」と話してくれました。
「通報が遅れると発見までに時間がかかり、命に関わることも。早めにご連絡いただけると、安全に保護できる可能性がぐっと高まるんです」とのことでした。
3. 徘徊は自宅だけじゃない──外出先でも突然起こる
徘徊と聞くと、「自宅からふらりと出ていって行方がわからなくなる」といったイメージを持つ方が多いかもしれません。
ですが実際には、病院の待合室や、スーパー・レストランなどの外出先でも、突然、姿が消えることがあります。
たとえば、家族が会計をしている間に一人で立ち上がり、そのまま出て行ってしまう。「あれ?どこ行った?」と気づいたときには、すでに姿が見えない。そんなケースも決して珍しくありません。
認知症の方は、記憶障害や見当識障害によって、「ここはどこ?」「なんで自分はここにいるの?」といった強い不安を感じることがあります。
その不安を解消しようとする行動のひとつが、“その場を離れて確かめに行く”という形で現れるのです。
本人には「帰らなきゃ」「確認しなきゃ」といった目的があり、危険な行動という自覚はありません。そこに、認知症による徘徊の怖さがあります。
次回(後編)では、こうした徘徊を防ぐために家族ができる「備え」について詳しくご紹介します。
■認知症による徘徊はある日突然に──今すぐできる5つの備えと対策

■要介護1で一人暮らしは続けられるか?認知症の場合はどうする
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